2011.3.11メモランダム part1 <14時45分-15時 東京駅-丸の内>
  散歩日和の午後。シティバンクの新しい店舗が東京駅丸の内口に面した場所にあるのを知って、そこに寄りつつ銀座で映画を観て帰ろうという腹積もりで外出する。マフラーを持ち忘れたのに気づくが、そんなに遅くならないはずだしまあいいか、とあきらめる。けれど些細なその忘れ物が、妙に気になる。14時40分過ぎ、東京駅着。シティバンクの外貨取扱は15時までなので、まずは支店へ直行して用事を済ませようと考える。新しい支店は昔からあった大手町支店や銀座支店同様に上層客向け仕様になっていて、ドアマンのおじさんがきちんといて丁寧な挨拶とともに扉を開けてくれた。「ドアマンに扉を開けてもらう」のを待つ行為は、個人的にはどこかアジア的記憶に結びついてしまうので、顔濃いめのおじさんがインド人っぽく見えてきたけどふつうに日本人だった。ともあれ扉を抜け、受付のお兄さんに用事を話しかけたその瞬間、銀行内が揺れだした。おもてを見る。交差点を渡りかけたトラックが止まる。全面ガラス張りの窓が、重たい音を立て震え始める。

  隣に立っていた裕福そうな白人の中年ビジネスマンは「なにごと!?」という感じで仁王立ちに天井を見つめたがすぐ中腰になり、中年太りにはあるまじき俊敏さで今にも動き出さんという素振りを見せる。銀行員のおねえさんが「外には出ない方がいい!」と叫んで白人ビジネスマンを一喝する。その声に顔を振り向けるとおねえさんと目が合ったが、そもそも英語だったし《あなたに言ったわけじゃないんです》的な微妙空間が生じる。この間2.5秒。

  銀行員もお客さんも、ビルとともにしばらく揺られるに任せるしかなくて、視線だけはみな自然と外へ向いている。歩道とビルの間の縁石タイルが歩道に乗り出す形で揺れ動いている。ああこれが免震装置の威力かと感心する。NHKの散歩番組ブラタモリか何かで見たことがあるやつだが、ビル直下に敷き詰められた巨大バネ群の運動をこうもまざまざと実感する日が来るとは思わなかった。大張りガラスの窓から見える交差点周辺の車はみな止まり、運転席から降りるひともいる。丸の内北口の交差点でこの光景は非日常的というか、なにか映画っぽい。けれどこれは現実であって、15時までは数分しかなくて、ここで換金できないと手持ちの日本円がなくなってしまうのでちょっと困る。なので揺れながらも受付のお兄さんに手続き開始を要求せねばと目を向けるが、当然のことながら彼は本来の職務なりバンカーとして保つべき佇まいなどはそっちのけで外を見ている。「あれ、すごいですよ」と彼が指を斜め上方に向ける。目で追う。向かいの日本生命丸の内ビルに今いるビルが映っていて、全面ガラス張りの高層ビルの長身を弓なりにぐわんぐわん左右に曲げている。向かい合ったビルとビルがラジオ体操の音楽に合わせて身を反らせ合っている感じで、やっぱりどこか非現実。世界はどうなっちゃうんでしょうという実存的不安と、このまま15時過ぎたらお金どうなっちゃうんでしょうという卑近な困惑が入り雑じってわけわかめ。

  その後いったん揺れは収まって銀行内も落ち着きを取り戻し、かがみ込んであぶら汗を浮かべ始めていた白人ビジネスマンも笑顔を取り戻す。恥ずかしげに「こんなの初めて!"#$」みたいなことをおねえさんに告白していたのがちょっとかわいい。わざわざ接客用の個室に招かれるのが申し訳ないくらい少額の換金をしてもらう。急いでサインしたら筆致が乱れて書き直しチェックをさせられた。外に出るとき再び扉を開けてくれたドアマンのおじさんが向けてきた真摯な視線の内側には、巨大な揺れをともにした共闘意識すら感じとれた。気のせいかもしれない。
  横断歩道を渡ってOAZOの丸善へ向かう。このときわたしは地震の規模も知らず、このあと規格外の一日を体験する羽目になることもまだ知らなかった。
  

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