有楽町のビックカメラが入る読売会館を北に回り、東京国際フォーラムの建つブロックへと歩く。ビルの谷間風が頬に当たる。遠くから見た有楽町駅改札の様子からは、どうも駅構内から乗客を退避させたらしい。ビックカメラも入り口から覗く店内は大型液晶やら携帯の仰々しい販売ブースやらで普段通りにまぶしいほどだが、道にはひとが溢れているのに出入りする客がいない。やはりいったん店を閉じたようだ。そういえばここまで歩く途上でも、建物から客を追い出している店を散見した。丸の内の高層ビル群の1,2階に入る高級雑貨店やブランドショップはどれも、全面ガラス張りの窓から通りへと目一杯に自店舗の魅力を訴えているが、贅沢で洒落たその内装が客を失ったことで何か主役不在のドールハウスのような奇妙さを醸し出していた。
しかしそうしてひとを店内から吐き出す処置は、果たして本当に良いことなのか。軽い違和感が走る。たしかに何が起きるかわからない状況で、店側が人的被害の責任を最小限に抑えるためには店内の客数をゼロにするのがベストだろう。だが多くの店がそのように最善の自衛策を個別に選んだ結果として、ビル群の谷間にひとがうごめいているこの状況はどうか。さらに激しい揺れが起きたとき、最初に大崩落を起こすとすればビル壁面に張られた大量の窓ガラスだろう。それを通りの人々が全身で浴びることになる。そうなればガラスの破片による切り傷や擦り傷だけで済む者、頭蓋骨を陥没させられて即死する者はむしろ幸運だ。周囲はきっと血の海になる。頸動脈を切られ、内蔵をえぐり出され、あるいは手足をもがれる者が続出し、一帯は阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。ましてやJRだ。JRの鉄骨とコンクリートで守られた駅構内が、ビルの谷間の狭い車道によりも危険だとは到底思えない。それに構内から吐き出された、必ずしも土地勘があるとは限らない人々が付近の避難区域へと即座に集合できるはずもない。ひとを吐き出すなら吐き出すで、避難指定区域への誘導とセットでなければ巨視的には意味がない。
東京国際フォーラムの地上広場へ着く。ホール棟とガラス棟の間にあるこの広場にもやはり、ひとは入り乱れていた。“ガラスの船”として知られるガラス棟の正面入り口には、ガードマンやイヤホンをつけた職員が4、5名立ち並び、両腕を後ろに組み胸を反らせた姿勢で群衆の建物内への侵入を阻んでいる。衛兵然としたその威圧感に少し驚く。「お客さまの安全のため」という言葉の裏に本来はひそむべき“無用の責任は勘弁”という組織の本音が丸出し過ぎて、前衛コントのようなシュールさを感じた。なにしろ余震はまだ散発的に続いていて、“ガラスの船”の舷側のそと数十センチのエリアには、行き場を失った人々が群れているのだ。その真上に数十メートルのガラスの壁がそびえ建っている。主に会議室の多く入るガラス棟と広場に対面して建つホール棟群は地上階よりも2階3階のほうが広い構造だし、これで崩落規模の震動が来たらいったいここにいる何割が助かるだろう。しかしそうした想像が働くのは自分が目前の事態に何の責務も負っていないからで、何らかの職責を負ってこの場に遭遇した人々、つまり職員や駅員たちにとって重要なのは、仮にどれだけ違和感を覚えていたとしてもたぶん職責のほうなのだろう。だが結果として、その一見責務に篤い行動が客観的には単なる思考停止としか映らない、ということもまた十分あり得る話だ。ふとかつての福知山線脱線事故を思い起こす。あれなどまさに組織が要請する個々の職業意識の連鎖が、まだ若い一運転士の内面へと吹き溜まった挙句の速度超過ではなかったか。
広場のなかほどへと進み、土踏まずのあたりに疲れを感じたので近場にあったベンチへと腰をおろす。しばらく何するでもなくあたりを見回していると、屋外へ避難してたむろしているだけに見えていたビックカメラの店員たちの集団が、実はきちんと整列していたのに気がついた。10人ひと組の列が、よく見れば奥のほうまで20列近く並んで長方形の塊をつくっている。なんだろうとしばらく眺めていると、その集団のかたわらに大きなプラスチックケースが積まれていた。なかにはミネラルウォーターのペットボトルやスナック菓子、薬品類とおぼしきボックスや毛布などが入っている。ケースが積まれているといっても、それだけでは恐らく社員たちの分にしかならない。だが彼らが妙に気合が入った様子なのはなぜだろう。もしかしたら物資はもっと大量にあって、行き場をなくしたあたりの一般市民に配りだす意図でもあるのだろうか。まあそんなわけ、ないか。けれど、そういうことがあってもいいなと考える。ストック&フローを徹底した薄利多売を旨とする大型店舗の慌ただしい倉庫の物陰で、何年に一度も来ない出番をひっそりと緊急支援物資のひと山が待ち続ける。企業は利益を追求する。国は国益を最優先に行動する。だがその場合の利益国益とは本来何か。緊急時には見かけ上逆転しているような素振りを見せる集団こそ実は、より深い信念において揺るぎのない姿勢を貫いているといえる場合もあるだろう。
再び歩き始める。フォーラムの区画を北へ抜け、再び丸の内へ。ほんの2時間前とはまるで様子が変わっている。バス停は、バスの車内も外も黒山の人だかり。丸の内南口のそばに長蛇の列ができていて何かと思ってたどってみたら、列は中央口をまたいで丸の内北口のタクシー乗り場まで伸びていた。だが当のタクシーは一台も来ていない。だだっ広いタクシープールには虚しく寒風が吹いているだけだ。電車では帰れない、電話も通じない、歩いて帰るなど無謀、ゆえにタクシーを待つ列に並ぶほか打つ手がない、という思考経路をたどっているのだろう。だがその結果としてどうみても無意味な100メートル超のこの列に並ぶ選択を採ってしまうのは、純然たる思考停止にも思える。まだ混んではいるが来ているバスに並んでともかく都心を離れるとか、数ブロック歩いて流れのタクシーに期待をつなげるほうがマシではないか。まあ、五十歩百歩か。そうかもしれない。
少しからだの冷えを感じ始めたこともあり、いったん新丸ビルに入ってからだを温めることにする。ビルに入るとガラスの壁で隔てられた一区画で、多くの人が立ち尽して一方を見上げている。近づいてみると、彼らは壁2.5mほどの高さに嵌められた大型液晶の画面を、身動きじろぎもせず呆然と見つめていた。画面を見上げ、みなが呆然としている理由が即座にわかる。
……これは……なに?
つづく、かもしれず。
しかしそうしてひとを店内から吐き出す処置は、果たして本当に良いことなのか。軽い違和感が走る。たしかに何が起きるかわからない状況で、店側が人的被害の責任を最小限に抑えるためには店内の客数をゼロにするのがベストだろう。だが多くの店がそのように最善の自衛策を個別に選んだ結果として、ビル群の谷間にひとがうごめいているこの状況はどうか。さらに激しい揺れが起きたとき、最初に大崩落を起こすとすればビル壁面に張られた大量の窓ガラスだろう。それを通りの人々が全身で浴びることになる。そうなればガラスの破片による切り傷や擦り傷だけで済む者、頭蓋骨を陥没させられて即死する者はむしろ幸運だ。周囲はきっと血の海になる。頸動脈を切られ、内蔵をえぐり出され、あるいは手足をもがれる者が続出し、一帯は阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。ましてやJRだ。JRの鉄骨とコンクリートで守られた駅構内が、ビルの谷間の狭い車道によりも危険だとは到底思えない。それに構内から吐き出された、必ずしも土地勘があるとは限らない人々が付近の避難区域へと即座に集合できるはずもない。ひとを吐き出すなら吐き出すで、避難指定区域への誘導とセットでなければ巨視的には意味がない。
東京国際フォーラムの地上広場へ着く。ホール棟とガラス棟の間にあるこの広場にもやはり、ひとは入り乱れていた。“ガラスの船”として知られるガラス棟の正面入り口には、ガードマンやイヤホンをつけた職員が4、5名立ち並び、両腕を後ろに組み胸を反らせた姿勢で群衆の建物内への侵入を阻んでいる。衛兵然としたその威圧感に少し驚く。「お客さまの安全のため」という言葉の裏に本来はひそむべき“無用の責任は勘弁”という組織の本音が丸出し過ぎて、前衛コントのようなシュールさを感じた。なにしろ余震はまだ散発的に続いていて、“ガラスの船”の舷側のそと数十センチのエリアには、行き場を失った人々が群れているのだ。その真上に数十メートルのガラスの壁がそびえ建っている。主に会議室の多く入るガラス棟と広場に対面して建つホール棟群は地上階よりも2階3階のほうが広い構造だし、これで崩落規模の震動が来たらいったいここにいる何割が助かるだろう。しかしそうした想像が働くのは自分が目前の事態に何の責務も負っていないからで、何らかの職責を負ってこの場に遭遇した人々、つまり職員や駅員たちにとって重要なのは、仮にどれだけ違和感を覚えていたとしてもたぶん職責のほうなのだろう。だが結果として、その一見責務に篤い行動が客観的には単なる思考停止としか映らない、ということもまた十分あり得る話だ。ふとかつての福知山線脱線事故を思い起こす。あれなどまさに組織が要請する個々の職業意識の連鎖が、まだ若い一運転士の内面へと吹き溜まった挙句の速度超過ではなかったか。
広場のなかほどへと進み、土踏まずのあたりに疲れを感じたので近場にあったベンチへと腰をおろす。しばらく何するでもなくあたりを見回していると、屋外へ避難してたむろしているだけに見えていたビックカメラの店員たちの集団が、実はきちんと整列していたのに気がついた。10人ひと組の列が、よく見れば奥のほうまで20列近く並んで長方形の塊をつくっている。なんだろうとしばらく眺めていると、その集団のかたわらに大きなプラスチックケースが積まれていた。なかにはミネラルウォーターのペットボトルやスナック菓子、薬品類とおぼしきボックスや毛布などが入っている。ケースが積まれているといっても、それだけでは恐らく社員たちの分にしかならない。だが彼らが妙に気合が入った様子なのはなぜだろう。もしかしたら物資はもっと大量にあって、行き場をなくしたあたりの一般市民に配りだす意図でもあるのだろうか。まあそんなわけ、ないか。けれど、そういうことがあってもいいなと考える。ストック&フローを徹底した薄利多売を旨とする大型店舗の慌ただしい倉庫の物陰で、何年に一度も来ない出番をひっそりと緊急支援物資のひと山が待ち続ける。企業は利益を追求する。国は国益を最優先に行動する。だがその場合の利益国益とは本来何か。緊急時には見かけ上逆転しているような素振りを見せる集団こそ実は、より深い信念において揺るぎのない姿勢を貫いているといえる場合もあるだろう。
再び歩き始める。フォーラムの区画を北へ抜け、再び丸の内へ。ほんの2時間前とはまるで様子が変わっている。バス停は、バスの車内も外も黒山の人だかり。丸の内南口のそばに長蛇の列ができていて何かと思ってたどってみたら、列は中央口をまたいで丸の内北口のタクシー乗り場まで伸びていた。だが当のタクシーは一台も来ていない。だだっ広いタクシープールには虚しく寒風が吹いているだけだ。電車では帰れない、電話も通じない、歩いて帰るなど無謀、ゆえにタクシーを待つ列に並ぶほか打つ手がない、という思考経路をたどっているのだろう。だがその結果としてどうみても無意味な100メートル超のこの列に並ぶ選択を採ってしまうのは、純然たる思考停止にも思える。まだ混んではいるが来ているバスに並んでともかく都心を離れるとか、数ブロック歩いて流れのタクシーに期待をつなげるほうがマシではないか。まあ、五十歩百歩か。そうかもしれない。
少しからだの冷えを感じ始めたこともあり、いったん新丸ビルに入ってからだを温めることにする。ビルに入るとガラスの壁で隔てられた一区画で、多くの人が立ち尽して一方を見上げている。近づいてみると、彼らは壁2.5mほどの高さに嵌められた大型液晶の画面を、身動きじろぎもせず呆然と見つめていた。画面を見上げ、みなが呆然としている理由が即座にわかる。
……これは……なに?
つづく、かもしれず。
2011.3.11メモランダム part4 <16時-16時半 数寄屋橋-日比谷>
2011年3月25日 陸沈
この身のうちに生じる感覚や思考を、当然のごとく受け入れることに初めて疑問を持ったのは何歳くらいのことだろう。まぶたを閉じると勝手に巡りだすイメージや感情の動きを、ひとごとのように眺める自分がいることにいつの頃からか気づき出していた。小学校でも保育園でも、「ぼーっとしてないで!」とよく先生から叱られたのを覚えている。そう言われるときに限って内面的にはかなり忙しかったりするものだから、いつもなんだか理不尽さを感じていた。いま視界を占めるこの雑踏を構成する一人ひとりが、この自分同様に輪郭すら定かでない感覚や思考を携えていることが、この歳になってなおきちんと了解できていない気がする。あるいは多くの人にとってのそれは、はっきりとした輪郭があるのだろうか。うまく想像できない。
数寄屋橋の交差点近くまで戻ったとき、突如拡声器によるアナウンスが始まった。顔をあげると、交差点の十字路を行き交う雑踏や車の群れが目に入る。拡声器の声は、人だかりを越えて交差点向かいの奥に建つ、数寄屋橋交番からのものだとわかる。特徴的な赤レンガの尖塔屋根にでかでかと“KOBAN”の文字。パトカー側面に際立つ“POLICE”表示とは異なり、“KOBAN”のほうは何年たっても違和感が拭えない。音から銭形平次的ニュアンスも混じり込み、外国の色々間違ってるサムライ映画みたいな心象が沸き起こる。実直さが滑稽さをなぜか呼び込んでしまうお馴染みの回路も、このように表出してくると憎めない。そのKOBANのてっぺんあたりから周囲に振り撒かれているアナウンスは、中年男性の低くしわがれた声で電車が止まったことを告げている。男の声は止まった路線の名を一つ一つ挙げていく。
「JR山手線全線、京浜東北線全線、東海道線全線、総武線全線・・・・東京メトロ銀座線全線、日比谷線全線、……都営三田線全線、浅草線全線……」
要するに、全部だ。そして最後のひとことが、致命的にひとの波を揺るがせてゆく。
「……JR各線は、全線で終日運休の見通しです。」
嘘だろう、とはじめは思った。恐らくこれを耳にした通行人の誰もがそう思ったのではないか。運行をあきらめるタイミングがいくらなんでも早過ぎるし、それに比べて決断の影響が大きすぎる、ように思えた。当のJRではなく警察による告知だし、言句の行き違いが起きたか、とも。だが直後に、嫌な予感が心中をかすめる。つい先ほど見た、パトカーが有楽町駅への小道をふさぐ光景が脳裡をよぎった。あのとき道を封鎖するほどの事態は確認できなかったが、いま思えば予兆はあった。有楽町駅前の車道に、電車の運行再開を待つ人々が一部あふれ始めていたのだ。手持ち無沙汰に数人で世間話を交わすグループの群れが歩道からはみ出し、縁石のブロックにしゃがみ込んで携帯画面を覗き込んでいるひとも散見した。周辺から駅へと向かうひとの流れが、そこへ怒涛のごとく注ぎ込んでいる。もしいま車両が列をなして加わっていたら、ひとも車も身動きがとれなくなっておかしくない。
あのパトカーによる封鎖は、それを読み込んでいたことになる。現下の異常に対する逐次対応ではなく、そうした防災対策がもともとあったということだ。そこから何が導き出せるか。《震度~以上であれば、~計画を施行》というような約定が、あらかじめ鉄道や警察等の各種公共機関のあいだで交わされ、いままさにその発動下にあると考えたほうが筋が通る。そうなれば日本人が集団化した際に発揮される持ち前のリジッドさから、組織体ごとの判断よりも計画全体の着実な施行が優先されるのは間違いない。つまり、危険性の如何に関わらず、
“JRは、ほんとうに終日動かない可能性高し”
となる。いよいよ極まってきた。といって周辺の人々に、「電車待っても無駄ですね、本気で再開しませんよ」とはむろん説かない。これは個人の勝手な憶測に過ぎないし、その憶測によれば《利用客に迫る危険が電車を終日止めさせる》のではないからだ。待ち続ければ寒い思いはするだろうが、たぶんそれだけの話でしかない。というわけで、一人ひっそりと場を離れる。
けれどそうしてもし憶測通りの横断的連携がこうも速やかに図られているならば、その結果として都心の特定区画にひとが集中してゆくこの状況は、果たして立案者の予見のうちにあるのだろうか。“仕方ない”、“しようがない”という人々のあきらめによって受け流され、忘却されゆく事象のうちに、特定の個人や集団のみに都合の良い事情が潜むというのはよくある話だ。気づきにくいだけで、恐らく身のまわりじゅうにあるのだろう。そして時にはそれが、大量の人々を決定的な悲劇へと巻き込んでいく。国や企業が起こす大事故の本質はそこにある。良いほうに流れているのか、悪いほうに流れているのか。すべてが進行中のさなかにあってそこを見極めるのは結局、個々人の判断力に拠るしかない。
首都高ガード下を再度くぐる。ガード下ショッピングモールの商売熱がセールのワゴン数台分、歩道へと乗り出している。しかしいまやワゴン上の商品に目を遊ばせる通行人は一人もいない。たとえばこの数寄屋橋交番の背後に長く横たわる、首都高ガード下の古いショッピングモール。高架道路に沿って蛇のように伸びるこの数寄屋橋のモール街は、実は蛇行線がそのまま千代田区と中央区の境界線に相当して、かつ税制的にはどちらにも属していないという話がある。首都高が開通した東京オリンピック以来ずっと、税収の行き先が問われないまま自民党系の某派閥の懐へ流れ続け、それを知る古株メディア関係者も多かったがタブー視されたままみな引退を迎えている、という類の都市伝説。数寄屋橋という橋が現存しないことからもわかるように、この蛇行線の地下部分にはいまも暗渠化された河が流れており、河幅の中央に引かれた区境は理念上の存在でしかなかったという経緯に、この話の暗さと多重性がより強く印象づけられた記憶がある。個別の真偽はともかく、そうした風に各種の利権構造がまだら状に散らばるのが都心の本当の姿なのだろう。土地関連、電気やガス、通信、物流等々、生活のあらゆる面で支払う代価の配当先を熟知する者など恐らく皆無だし、あるいは古来よりそれらを暗黙の了解としてきたのが人間社会というものなのかもしれない。
駅とは別の方向、JRのガード下をくぐって日比谷へとさらに歩く。ならばいまこの異常事態のさなかで、つまりそれぞれがそれぞれにまず己の保全を優先して動くだろう状況下で、本来の異常さとは別の理由がさらなる混乱を生むとすれば、何が起こり得るだろう。日比谷公園へ向かうことを思いつくが、周囲のビルからの避難者に混じってもできることはないので却下、右折して北上開始。道路の向こうに望める皇居前広場の樹々はひとの混乱をよそにいつも通り整然と並び、濃緑のシルエットを作っている。背景の灰空はビルの谷間に挟まれているせいか、いつもより高く見える。この冬空のもと、関東平野一帯で大量の鉄道車両が全停止している光景が脳裡に浮かぶ。車両はいずれもエンジン音を鎮め、台車部分から弱々しく水蒸気を吐き出している。排気口から水滴が一粒したたり落ちる。車輪によって磨かれたレールの鏡面が、落下した水滴を弾き飛ばす。銀色の鏡面には、遠く離れたホームで電車を待つ人々の立ち姿がミクロに映り込んでいる。
家まで歩く可能性を視野に入れてまずは大手町を北へ抜け、神田を目指すことにした。
つづく、かもしれず。
数寄屋橋の交差点近くまで戻ったとき、突如拡声器によるアナウンスが始まった。顔をあげると、交差点の十字路を行き交う雑踏や車の群れが目に入る。拡声器の声は、人だかりを越えて交差点向かいの奥に建つ、数寄屋橋交番からのものだとわかる。特徴的な赤レンガの尖塔屋根にでかでかと“KOBAN”の文字。パトカー側面に際立つ“POLICE”表示とは異なり、“KOBAN”のほうは何年たっても違和感が拭えない。音から銭形平次的ニュアンスも混じり込み、外国の色々間違ってるサムライ映画みたいな心象が沸き起こる。実直さが滑稽さをなぜか呼び込んでしまうお馴染みの回路も、このように表出してくると憎めない。そのKOBANのてっぺんあたりから周囲に振り撒かれているアナウンスは、中年男性の低くしわがれた声で電車が止まったことを告げている。男の声は止まった路線の名を一つ一つ挙げていく。
「JR山手線全線、京浜東北線全線、東海道線全線、総武線全線・・・・東京メトロ銀座線全線、日比谷線全線、……都営三田線全線、浅草線全線……」
要するに、全部だ。そして最後のひとことが、致命的にひとの波を揺るがせてゆく。
「……JR各線は、全線で終日運休の見通しです。」
嘘だろう、とはじめは思った。恐らくこれを耳にした通行人の誰もがそう思ったのではないか。運行をあきらめるタイミングがいくらなんでも早過ぎるし、それに比べて決断の影響が大きすぎる、ように思えた。当のJRではなく警察による告知だし、言句の行き違いが起きたか、とも。だが直後に、嫌な予感が心中をかすめる。つい先ほど見た、パトカーが有楽町駅への小道をふさぐ光景が脳裡をよぎった。あのとき道を封鎖するほどの事態は確認できなかったが、いま思えば予兆はあった。有楽町駅前の車道に、電車の運行再開を待つ人々が一部あふれ始めていたのだ。手持ち無沙汰に数人で世間話を交わすグループの群れが歩道からはみ出し、縁石のブロックにしゃがみ込んで携帯画面を覗き込んでいるひとも散見した。周辺から駅へと向かうひとの流れが、そこへ怒涛のごとく注ぎ込んでいる。もしいま車両が列をなして加わっていたら、ひとも車も身動きがとれなくなっておかしくない。
あのパトカーによる封鎖は、それを読み込んでいたことになる。現下の異常に対する逐次対応ではなく、そうした防災対策がもともとあったということだ。そこから何が導き出せるか。《震度~以上であれば、~計画を施行》というような約定が、あらかじめ鉄道や警察等の各種公共機関のあいだで交わされ、いままさにその発動下にあると考えたほうが筋が通る。そうなれば日本人が集団化した際に発揮される持ち前のリジッドさから、組織体ごとの判断よりも計画全体の着実な施行が優先されるのは間違いない。つまり、危険性の如何に関わらず、
“JRは、ほんとうに終日動かない可能性高し”
となる。いよいよ極まってきた。といって周辺の人々に、「電車待っても無駄ですね、本気で再開しませんよ」とはむろん説かない。これは個人の勝手な憶測に過ぎないし、その憶測によれば《利用客に迫る危険が電車を終日止めさせる》のではないからだ。待ち続ければ寒い思いはするだろうが、たぶんそれだけの話でしかない。というわけで、一人ひっそりと場を離れる。
けれどそうしてもし憶測通りの横断的連携がこうも速やかに図られているならば、その結果として都心の特定区画にひとが集中してゆくこの状況は、果たして立案者の予見のうちにあるのだろうか。“仕方ない”、“しようがない”という人々のあきらめによって受け流され、忘却されゆく事象のうちに、特定の個人や集団のみに都合の良い事情が潜むというのはよくある話だ。気づきにくいだけで、恐らく身のまわりじゅうにあるのだろう。そして時にはそれが、大量の人々を決定的な悲劇へと巻き込んでいく。国や企業が起こす大事故の本質はそこにある。良いほうに流れているのか、悪いほうに流れているのか。すべてが進行中のさなかにあってそこを見極めるのは結局、個々人の判断力に拠るしかない。
首都高ガード下を再度くぐる。ガード下ショッピングモールの商売熱がセールのワゴン数台分、歩道へと乗り出している。しかしいまやワゴン上の商品に目を遊ばせる通行人は一人もいない。たとえばこの数寄屋橋交番の背後に長く横たわる、首都高ガード下の古いショッピングモール。高架道路に沿って蛇のように伸びるこの数寄屋橋のモール街は、実は蛇行線がそのまま千代田区と中央区の境界線に相当して、かつ税制的にはどちらにも属していないという話がある。首都高が開通した東京オリンピック以来ずっと、税収の行き先が問われないまま自民党系の某派閥の懐へ流れ続け、それを知る古株メディア関係者も多かったがタブー視されたままみな引退を迎えている、という類の都市伝説。数寄屋橋という橋が現存しないことからもわかるように、この蛇行線の地下部分にはいまも暗渠化された河が流れており、河幅の中央に引かれた区境は理念上の存在でしかなかったという経緯に、この話の暗さと多重性がより強く印象づけられた記憶がある。個別の真偽はともかく、そうした風に各種の利権構造がまだら状に散らばるのが都心の本当の姿なのだろう。土地関連、電気やガス、通信、物流等々、生活のあらゆる面で支払う代価の配当先を熟知する者など恐らく皆無だし、あるいは古来よりそれらを暗黙の了解としてきたのが人間社会というものなのかもしれない。
駅とは別の方向、JRのガード下をくぐって日比谷へとさらに歩く。ならばいまこの異常事態のさなかで、つまりそれぞれがそれぞれにまず己の保全を優先して動くだろう状況下で、本来の異常さとは別の理由がさらなる混乱を生むとすれば、何が起こり得るだろう。日比谷公園へ向かうことを思いつくが、周囲のビルからの避難者に混じってもできることはないので却下、右折して北上開始。道路の向こうに望める皇居前広場の樹々はひとの混乱をよそにいつも通り整然と並び、濃緑のシルエットを作っている。背景の灰空はビルの谷間に挟まれているせいか、いつもより高く見える。この冬空のもと、関東平野一帯で大量の鉄道車両が全停止している光景が脳裡に浮かぶ。車両はいずれもエンジン音を鎮め、台車部分から弱々しく水蒸気を吐き出している。排気口から水滴が一粒したたり落ちる。車輪によって磨かれたレールの鏡面が、落下した水滴を弾き飛ばす。銀色の鏡面には、遠く離れたホームで電車を待つ人々の立ち姿がミクロに映り込んでいる。
家まで歩く可能性を視野に入れてまずは大手町を北へ抜け、神田を目指すことにした。
つづく、かもしれず。
東京駅の八重洲南口には長距離のバスターミナルがあって、中学高校時代にはここから夜行バスに乗ってよく一人旅をやっていた。下北半島や山口の秋吉台へ出かけて手前勝手に世界の果てを感じたり、民宿のおばあちゃんやユースホステルのおじちゃんがとても親切に接してくれたのを覚えている。彼らはもしかしたら、一人で家出してきた可能性をわたしに見ていたのかもしれないとあとになって思うのだけど、実際学校はサボっていたし、親に行き先を告げないこともしばしばだったから大差はなかった。
あの頃に比べればいま世界はぐんと広くなっている。けれど、本当のところは逆に狭くなってしまったのかもとも、時々感じる。いまもバスターミナルは同じ八重洲南口に変わらずあって、売店やチケット売り場もだいたい同じ配置なのだけど、サイズがずいぶん小さくなって見えてしまう。自分が身体的に成長したせいだろうけど、このバスターミナルを抜けて八重洲ブックセンターへ向かうときは何だかいつも、恥ずかしさにも罪悪感にも似た微妙な感覚に襲われる。からだ相応、年齢相応の人間的成長をきちんと重ねて来れたのかと考えるとなかなか怪しいというか、正直その種の自信はあまりない。
ともあれその八重洲ブックセンターから外堀通りをまっすぐ南下して歩き、パトカーで車両をさえぎられた小道を有楽町方面へ曲がる。このガード下には首都高の高架に沿って細長く古いモール街があって昔から賑わっているのだけど、きょうはその賑わいとも関係なく人通りの多さが目立つ。有楽町の駅へ近づくにつれやけにひとの数が増えだしたため、ああ電車が一時運休になったのかもしれないと、このときようやく見当がつき始めた。しかし目下わたしには無縁のトラブルではある。なにせこれから映画観るんだし、電車なぞ半刻でも一刻でも停まるがよいぞよきにはからへ。と、このときは大して気にもとめず。阿呆である。
というわけで、有楽町駅前の交通会館にある三省堂書店着。少し覗いて去るつもりだったが、だがしかし。ここは丸善や八重洲ブックセンターのように2階以上だけでなく、1階も閉鎖、つまり閉店状態になっていた。むう。仕方ないので本日の最終目的地、丸の内ピカデリーが入る有楽町マリオンへと踵を返す。
マリオンの映画館群の券売窓口は大きく二箇所に別れていて、マリオン正面の吹き抜け通路を入って両サイドにある表の窓口はいつも騒々しいために、高校生の頃からずっと建物脇の小道に面した裏の窓口を愛用している。天候によっては買った券が瞬時に風雨に晒されるという、素人にはおすすめできない過酷な窓口なのだけれど、どうもきょうは様子が変である。丸の内ルーブルの券売ブースの店員さんはドアを開け放って数人で歓談してるし、丸の内ピカデリーのブースはもう上映開始10分前だというのになんとカーテンを降ろしている。これは嫌な予感がする。というか、オワタ感満載である。念のため表側の窓口へ。やはりひとがいない。いや、関係者らしき人物がひとり、付近の柱の物陰に立ってあたりを睥睨していた。にじり寄っておもむろに問い詰める。すると返す刀が一閃、「4時の回は中止です。」 ささやかなきょうの楽しみ、終了。
2秒ほどすべてに絶望したものの、次の瞬間には脳みそが今後の行動プログラムを弾き出す。いや、弾き出さない。電車とまってるんだった。思考フリーズ、立ち尽くす。とりあえず、マリオンの吹き抜け通路を数寄屋橋の交差点側へ、とぼとぼ抜ける。建物を抜けたところで、天空より鐘の音が鳴り響く。何かと思ったら、4時ちょうどになって頭上の仕掛け時計が動き始めたところだった。時計盤がせり上がり、黄金の球体に立つ黄金の幼児が空中へとせり出してくる。彼らが実は全身に金箔を塗られて強制的に児童労働させられている本物の幼児だったら、ホラーだ。などと妄想を駆け巡らせつつそのカクカクした演奏をしばらく見上げ、そのまま首をかたむけJRの高架線路へと視線を振り向ける。ああ、変なところで緊急停車している東海道新幹線の車両が見える。からだの向きを変えて逆方向を見る。なぜかうっすらと、あたりが白く煙ってみえる。マリオン本館と別館のあいだのそう広くはないビルの谷間に、ヘルメットをかぶった作業員が100人近くたむろしている。それだけの人数になると、さすがに異様だ。付近にこれといって工事現場は見当たらない。空気のなかに少しだけ、ガスの刺激臭が嗅ぎ取れる。
うん、これは思っている以上におおごとかもしれません。と、このときようやく事態の全体像へと関心を持ちはじめた。だが当面の予定が消えしかも電車が動かないという状況にただちに向きあう気にもなれず、滅多に打たない携帯メールを友人に送ってみる。なぜかメール送信中に回線が切れてしまう。再送信。無駄。3度目でようやく送れたが、こういうときは‘古い機種だしね’と即座にあきらめる習慣が身についてすでに久しい。ゆえに他のひともみな電話が不通状態にあるなどと、まるで想像さえしなかった。このとき友人に送ったメールの文面は以下のごとく。
「お金おろしに東京きたら、じしんおきてみるきだった映画中止、本屋閉店、電車とまた。いみふ」
超絶脳天気だった。
いい加減おとなになれよ、とは思う。他に言うべきことはないのかと。それ自体はまっとうなこの‘おとなになれよ’という思いが常態化した焦りとなってから、もう何年がたつだろう。けれどなぜか、行動に結びつくことがない。だってほら、いまもからだはどんどん銀座方面へと歩き出している。なんの用事もないのに。にわかに増加したひとの流れは、自分とは逆にみな駅方向へと向かっている。この状況下ではおそらく、それが最も正しい一般解なのだろう。
数寄屋橋の交差点を渡って銀座SONYビルを見上げたとき、歩いて自宅まで帰る計算を頭のなかで始めている自分に気がついた。少なくともこの交差点から見渡せる、夕暮れ時の街の電飾はいつも通り鮮やかで、ひとも車もここではいつも通りにひしめきあっている。目に見える日常の光景と、目には見えない不穏さとのこのギャップは何だろう。まあ結局、なるようにしかならなさそうだ。思う通りにやるしかない。正しいとか、間違いとかいう問題ではたぶんない。体は動く。頭も働く。それだけでも十分な資産だろう。あとはやり抜けるかどうかだけが問題だ。
マフラーを忘れて家を出たことが、このとき初めて悔やまれた。そのまま銀座へと進むうちに思い浮かんでくるものがあり、踵を返して日比谷方面へ歩き始めることにする。
あの頃に比べればいま世界はぐんと広くなっている。けれど、本当のところは逆に狭くなってしまったのかもとも、時々感じる。いまもバスターミナルは同じ八重洲南口に変わらずあって、売店やチケット売り場もだいたい同じ配置なのだけど、サイズがずいぶん小さくなって見えてしまう。自分が身体的に成長したせいだろうけど、このバスターミナルを抜けて八重洲ブックセンターへ向かうときは何だかいつも、恥ずかしさにも罪悪感にも似た微妙な感覚に襲われる。からだ相応、年齢相応の人間的成長をきちんと重ねて来れたのかと考えるとなかなか怪しいというか、正直その種の自信はあまりない。
ともあれその八重洲ブックセンターから外堀通りをまっすぐ南下して歩き、パトカーで車両をさえぎられた小道を有楽町方面へ曲がる。このガード下には首都高の高架に沿って細長く古いモール街があって昔から賑わっているのだけど、きょうはその賑わいとも関係なく人通りの多さが目立つ。有楽町の駅へ近づくにつれやけにひとの数が増えだしたため、ああ電車が一時運休になったのかもしれないと、このときようやく見当がつき始めた。しかし目下わたしには無縁のトラブルではある。なにせこれから映画観るんだし、電車なぞ半刻でも一刻でも停まるがよいぞよきにはからへ。と、このときは大して気にもとめず。阿呆である。
というわけで、有楽町駅前の交通会館にある三省堂書店着。少し覗いて去るつもりだったが、だがしかし。ここは丸善や八重洲ブックセンターのように2階以上だけでなく、1階も閉鎖、つまり閉店状態になっていた。むう。仕方ないので本日の最終目的地、丸の内ピカデリーが入る有楽町マリオンへと踵を返す。
マリオンの映画館群の券売窓口は大きく二箇所に別れていて、マリオン正面の吹き抜け通路を入って両サイドにある表の窓口はいつも騒々しいために、高校生の頃からずっと建物脇の小道に面した裏の窓口を愛用している。天候によっては買った券が瞬時に風雨に晒されるという、素人にはおすすめできない過酷な窓口なのだけれど、どうもきょうは様子が変である。丸の内ルーブルの券売ブースの店員さんはドアを開け放って数人で歓談してるし、丸の内ピカデリーのブースはもう上映開始10分前だというのになんとカーテンを降ろしている。これは嫌な予感がする。というか、オワタ感満載である。念のため表側の窓口へ。やはりひとがいない。いや、関係者らしき人物がひとり、付近の柱の物陰に立ってあたりを睥睨していた。にじり寄っておもむろに問い詰める。すると返す刀が一閃、「4時の回は中止です。」 ささやかなきょうの楽しみ、終了。
2秒ほどすべてに絶望したものの、次の瞬間には脳みそが今後の行動プログラムを弾き出す。いや、弾き出さない。電車とまってるんだった。思考フリーズ、立ち尽くす。とりあえず、マリオンの吹き抜け通路を数寄屋橋の交差点側へ、とぼとぼ抜ける。建物を抜けたところで、天空より鐘の音が鳴り響く。何かと思ったら、4時ちょうどになって頭上の仕掛け時計が動き始めたところだった。時計盤がせり上がり、黄金の球体に立つ黄金の幼児が空中へとせり出してくる。彼らが実は全身に金箔を塗られて強制的に児童労働させられている本物の幼児だったら、ホラーだ。などと妄想を駆け巡らせつつそのカクカクした演奏をしばらく見上げ、そのまま首をかたむけJRの高架線路へと視線を振り向ける。ああ、変なところで緊急停車している東海道新幹線の車両が見える。からだの向きを変えて逆方向を見る。なぜかうっすらと、あたりが白く煙ってみえる。マリオン本館と別館のあいだのそう広くはないビルの谷間に、ヘルメットをかぶった作業員が100人近くたむろしている。それだけの人数になると、さすがに異様だ。付近にこれといって工事現場は見当たらない。空気のなかに少しだけ、ガスの刺激臭が嗅ぎ取れる。
うん、これは思っている以上におおごとかもしれません。と、このときようやく事態の全体像へと関心を持ちはじめた。だが当面の予定が消えしかも電車が動かないという状況にただちに向きあう気にもなれず、滅多に打たない携帯メールを友人に送ってみる。なぜかメール送信中に回線が切れてしまう。再送信。無駄。3度目でようやく送れたが、こういうときは‘古い機種だしね’と即座にあきらめる習慣が身についてすでに久しい。ゆえに他のひともみな電話が不通状態にあるなどと、まるで想像さえしなかった。このとき友人に送ったメールの文面は以下のごとく。
「お金おろしに東京きたら、じしんおきてみるきだった映画中止、本屋閉店、電車とまた。いみふ」
超絶脳天気だった。
いい加減おとなになれよ、とは思う。他に言うべきことはないのかと。それ自体はまっとうなこの‘おとなになれよ’という思いが常態化した焦りとなってから、もう何年がたつだろう。けれどなぜか、行動に結びつくことがない。だってほら、いまもからだはどんどん銀座方面へと歩き出している。なんの用事もないのに。にわかに増加したひとの流れは、自分とは逆にみな駅方向へと向かっている。この状況下ではおそらく、それが最も正しい一般解なのだろう。
数寄屋橋の交差点を渡って銀座SONYビルを見上げたとき、歩いて自宅まで帰る計算を頭のなかで始めている自分に気がついた。少なくともこの交差点から見渡せる、夕暮れ時の街の電飾はいつも通り鮮やかで、ひとも車もここではいつも通りにひしめきあっている。目に見える日常の光景と、目には見えない不穏さとのこのギャップは何だろう。まあ結局、なるようにしかならなさそうだ。思う通りにやるしかない。正しいとか、間違いとかいう問題ではたぶんない。体は動く。頭も働く。それだけでも十分な資産だろう。あとはやり抜けるかどうかだけが問題だ。
マフラーを忘れて家を出たことが、このとき初めて悔やまれた。そのまま銀座へと進むうちに思い浮かんでくるものがあり、踵を返して日比谷方面へ歩き始めることにする。
海外メディア震災報道を軸にmixi更新始めました。
2011年3月15日 陸沈
昨夜から今朝にかけて、福島原発を中心にかなり際どい局面が展開されました。今後も同様の状況が続く可能性は高く、個人的な情報の取捨選択と逐次雑感の開示をミクシィの方で行うことにしました。ぜひ一度アクセスして下さいませ。
登録名: goodbye
登録ニックネーム: ぐぴ
prof URL: http://mixi.jp/show_profile.pl?id=8760128
基本的に国内地上波TV・ラジオが報じないor先行する情報のURL提示と日本語要約、まとめが中心になる予定。
当分のあいだマイミク申請はすべて受け付けます。(全体公開設定なので、マイミクにならずとも読めます。) 自己満足といえばそれまでだけれど、出来る範囲のことは自力で考えて選択したいし、その経過を共有できるひとがいるならそれはありがたいことです。よろしくお願いします。
なお当ブログは今後もスタンスを変えず継続します。ではまた再見。
以下は昨夜から今朝にかけての書き込み例です。
●
BBC報道: 日本政府は安全性を強調するも、米空母は沖合い160kmで低レヴェルの放射線を検出、当該エリアから離脱済み。
The US said it had moved one of its aircraft carriers from the area after detecting low radiation 100 miles offshore.
http://bbc.in/g9kZC4
これ、BBCがアジアトップにおいてる記事ね。日本のメディアは現在ガン無視してる情報です。多少市民を被爆させてもパニック防止を優先する政府圧力の可能性あり。(※14日深夜時点)
ちなみに原子力関連については、TVでは日テレが唯一政府広報に反した報道をここ数日続けてます。それでも海外メディアに比べると半日遅れ。
●
被爆した未来の自分を想像する。うまく想像できない。津波を甘くみてまだ作業できると家に残り、家ごと呑み込まれた人たちのことを想像する。これなら何とか想像できる。そして自分たちは今、まさに同じ状況下にあるのかも知れない。
●
福島第一原発2号機、放射性物質を高濃度に含む蒸気の外気への放出実施 http://goo.gl/zgzHS
●
ロイター発: 米原子力委、日本政府が米政府に原子炉冷却を巡って正式な救援要請
U.S. nuclear regulatory commission says Japanese government formally asks U.S. for help with cooling nuclear reactors
http://www.reuters.com/
●
時事ドットコム: IAEA専門家の派遣要請=福島原発事故−日本政府 http://htn.to/r4cTW9
国民向けには「心配ない」と言いつつ、手当たり次第にヘルプ求めだしてます。妥当といえば妥当、けれどミクロの主観視点ではなんか儚い。
●
陸上自衛隊「中央特殊武器防護隊」 オフサイトセンターから退避検討 http://bit.ly/h8eSGh
●
BBC報道: 福島原発の現状をめぐる Q&A 全体的に安心できる要素の提示が多め http://j.mp/hletSu
●
建築基準法で定められている24時間換気をやめる操作 http://ow.ly/4eAzH 気になるひとがいれば。 うちはまだやらないけど、一応メモ。(
●
横須賀、川崎、放射線量が6~8倍に http://nifty.jp/dQeNPZ
東京で20倍の観測 さいたまは40倍 http://bit.ly/f1ISG7
茨城県内で自然界の100倍放射線量 http://bit.ly/fCFQjQ
他に数時間前に茨城で上昇とか千葉3倍とかあったけど、測定値関連のつぶやきは多分これで打ち止め。理由はmixi日記のほう参照のこと。
●
原発関連の具体的な情報分析を日本語で聞きたいひとへのお薦めは、
原子力資料情報室CNIC: http://www.ustream.tv/channel/cnic-news
の録画群にある後藤政志氏(元原子炉格納容器設計者)の解説が説得的。CNICは従来反原発の立場なので、マスメディアとは逆のバイアスが掛かり得る点でも情報のバランシングの面でも有効。現在進行形で随時情報発信を続けている。
登録名: goodbye
登録ニックネーム: ぐぴ
prof URL: http://mixi.jp/show_profile.pl?id=8760128
基本的に国内地上波TV・ラジオが報じないor先行する情報のURL提示と日本語要約、まとめが中心になる予定。
当分のあいだマイミク申請はすべて受け付けます。(全体公開設定なので、マイミクにならずとも読めます。) 自己満足といえばそれまでだけれど、出来る範囲のことは自力で考えて選択したいし、その経過を共有できるひとがいるならそれはありがたいことです。よろしくお願いします。
なお当ブログは今後もスタンスを変えず継続します。ではまた再見。
以下は昨夜から今朝にかけての書き込み例です。
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BBC報道: 日本政府は安全性を強調するも、米空母は沖合い160kmで低レヴェルの放射線を検出、当該エリアから離脱済み。
The US said it had moved one of its aircraft carriers from the area after detecting low radiation 100 miles offshore.
http://bbc.in/g9kZC4
これ、BBCがアジアトップにおいてる記事ね。日本のメディアは現在ガン無視してる情報です。多少市民を被爆させてもパニック防止を優先する政府圧力の可能性あり。(※14日深夜時点)
ちなみに原子力関連については、TVでは日テレが唯一政府広報に反した報道をここ数日続けてます。それでも海外メディアに比べると半日遅れ。
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被爆した未来の自分を想像する。うまく想像できない。津波を甘くみてまだ作業できると家に残り、家ごと呑み込まれた人たちのことを想像する。これなら何とか想像できる。そして自分たちは今、まさに同じ状況下にあるのかも知れない。
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福島第一原発2号機、放射性物質を高濃度に含む蒸気の外気への放出実施 http://goo.gl/zgzHS
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ロイター発: 米原子力委、日本政府が米政府に原子炉冷却を巡って正式な救援要請
U.S. nuclear regulatory commission says Japanese government formally asks U.S. for help with cooling nuclear reactors
http://www.reuters.com/
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時事ドットコム: IAEA専門家の派遣要請=福島原発事故−日本政府 http://htn.to/r4cTW9
国民向けには「心配ない」と言いつつ、手当たり次第にヘルプ求めだしてます。妥当といえば妥当、けれどミクロの主観視点ではなんか儚い。
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陸上自衛隊「中央特殊武器防護隊」 オフサイトセンターから退避検討 http://bit.ly/h8eSGh
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BBC報道: 福島原発の現状をめぐる Q&A 全体的に安心できる要素の提示が多め http://j.mp/hletSu
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建築基準法で定められている24時間換気をやめる操作 http://ow.ly/4eAzH 気になるひとがいれば。 うちはまだやらないけど、一応メモ。(
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横須賀、川崎、放射線量が6~8倍に http://nifty.jp/dQeNPZ
東京で20倍の観測 さいたまは40倍 http://bit.ly/f1ISG7
茨城県内で自然界の100倍放射線量 http://bit.ly/fCFQjQ
他に数時間前に茨城で上昇とか千葉3倍とかあったけど、測定値関連のつぶやきは多分これで打ち止め。理由はmixi日記のほう参照のこと。
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原発関連の具体的な情報分析を日本語で聞きたいひとへのお薦めは、
原子力資料情報室CNIC: http://www.ustream.tv/channel/cnic-news
の録画群にある後藤政志氏(元原子炉格納容器設計者)の解説が説得的。CNICは従来反原発の立場なので、マスメディアとは逆のバイアスが掛かり得る点でも情報のバランシングの面でも有効。現在進行形で随時情報発信を続けている。
交差点を渡り、丸の内ロータリー北端の歩道を回って商業施設OAZOの入り口へ。東京駅北口改札への横断歩道を過ぎるあたりで、たむろしている人々が妙に多いことを不思議に感じだす。この数年でずいぶん賑やかになったとはいえ根本は無味乾燥なオフィス街の、しかも平日の昼下がりだ。目的を持って歩くスーツ姿の人間以外を惹きつける要素はあまりないはず。だがOAZOの建物に入ってその謎はすぐに解けた。上階へのエスカレーターに規制線が張られて近づけない。丸善などは、2階以上の店内からすでに客の追い出しを完了させていた。
映画は4時過ぎからなので、銀座まで歩くことを考えてもだいぶ間がある。都心のどこであれ本屋をはしごするのが時間潰しの基本ルートなのだが、初手で狂った。どうしようかとビルの吹き抜けロビーでしばらく人の流れを眺めていると、震動再来。高い天井から吊り下げられた照明や装飾の類が一斉に踊る。ロビーの人々、みな騒然。このとき群衆単位の動揺を目にしてようやく、体感はできないどこか遠方で予想外のおおごとが起きている可能性に気づく。あくまで可能性のレヴェル。まさかね。
再度、余震。広いロビーにたむろしていた集団が大きく二手に別れてゆく。足早にビルの外へと避難する人々と、ロビーの奥に身を寄せる人々。どちらがより安全か、より安全だとこの自分は決断するのか。もしかしたらこれが運命の分かれ道になるかもしれないという選択を、ひとは案外無意識のうちに連続して行っているものなのだろう。吹き抜けから見渡せるガラス張りの丸善2階や3階の店内で、2mほどの紐で吊られた水平に細長い照明の列がみな向きを揃えて盛大に揺れている。よく遊園地にあるヴァイキングのアトラクションを想い起こした。ロングシップは前後に揺られ、船首船尾は宙を行き交う。靴紐を締め直し、右肩に掛けていたバックを両肩で背負い直す。革手袋をはめ、眼鏡をかける。さあ、ビルを出ようか。
横断歩道を渡り、丸の内北口へ。東京駅丸の内口周辺はすべてがリニューアルされていくさなかにある。すでにオープンした新丸ビルや最後まで保存運動が続いた中央郵便局ビルの再開発に並んで、東京駅駅舎のドーム復元もその目玉事業の一つだが、おかげでトタン板に囲まれた臨時通路に遠回りを余儀なくなれ、しかも携帯電話を耳につける人々の周囲への不注意がひとの流れを阻害して歩きにくい。このとき、やたら携帯電話を手にする人々が多いことを、どうせ大揺れの感想でも述べ合っているのだろうくらいにしか思わなかった。とにかくわたしは歩くのです、さあさあ道をあけなさい。
駅の外側を北口から南方向へ。東京駅丸の内中央口には駅舎の皇室御用達スペースを囲う形でホテルや美術館などが併設されていて、地下のレストランが地上に掲示しているメニュー内の数千円のステーキ丼がいつも気になっていた。けれど今回はそんなことも脳裏をよぎらず南口へ、さらに南口からガード沿いを有楽町方面へとまっしぐらに歩く、歩く。丸の内南口に隣接する“はとバス”ステーション周辺ははとバスが数台止まっているゆえ全体的に黄色いのが常なのだが、いかにも運転手然とした白手袋に紺の背広姿のおじさんや旗を持ったバスガイド嬢が幾人もうろうろして、普段は閑散としたこの辺りもやや物々しい。
有楽町フォーラムを目前に左手へ折れ、JR線路をくぐって八重洲南口方面へ。次の目的地、八重洲ブックセンターに到着。やはり2階より上は一時封鎖。しかし書店員さんの内線電話を盗み聞きするに、6階から上はまだ危険だが、5階まではもうじき開放するとの由。いわゆる巨大書店としてはかつて長く全国一の地位を保ってきた老舗だけに、どう考えても周辺でもとびきり古そうなこのビルでその姿勢はなかなか冒険的だと内心で評価する。この店の客用エレベーターはなぜか4階から上しかないのだが、その不思議設計くらい冒険的な試みだ。
けれど時間も迫ってきたので1階の文学棚だけ軽く覗いて店を出る。数寄屋橋方面へ南下。東京駅周辺でも区画が整っていて大規模再開発の進む丸の内側に対し、八重洲側はごみごみした中小ビルが多くしかも揃ってみな古い。その差は約30分前の地震被害の差として歩道の端に明確に表れていて、なんと八重洲側では複数の場所で歩道のコンクリートとビルの礎石のあいだがひび割れていた。場所によっては高さ10cmの亀裂が横に長く伸びていて、え、そこまでひどかったのか、と少し驚く。しばらく亀裂を眺めていると、急に増え出した人通りのうち幾人かもそれに気づき、携帯で写真を撮りだす。写真を撮る彼らを撮るという思いつきを抑えつつ、歩行再開。このとき、銀座方向からのひとの出の増加に何となく不自然さを感じていたものの、その理由へ思考を巡らせるにはまだ至らず。映画の時間がそろそろ近づいてきた。
数寄屋橋近くまで来るとパトカーが一台、首都高のガード下を抜けて有楽町へと向かう一方通行の車道を塞ごうとしている。無音でサイレンを点滅させたまま、道の向きに対して真横になるようハンドルを切り返していく。黒の車体に大きく目立つ黄色の縁取りでPOLICEの文字。あ、そういえばずいぶん前から警視庁っていう表示から変わってたっけ、とか思う。数寄屋側では何も起きている様子はない。とすれば有楽町方向で何かが起きていることになる。あるいは起こることが予期されている。何か。
4時10分からの映画にはまだ少しだけ余裕がある。散策のルートを変更。パトカーの頭部を脇目に、ガード下をくぐって有楽町方面へと歩き始める。空気が冷たくなってきた。
映画は4時過ぎからなので、銀座まで歩くことを考えてもだいぶ間がある。都心のどこであれ本屋をはしごするのが時間潰しの基本ルートなのだが、初手で狂った。どうしようかとビルの吹き抜けロビーでしばらく人の流れを眺めていると、震動再来。高い天井から吊り下げられた照明や装飾の類が一斉に踊る。ロビーの人々、みな騒然。このとき群衆単位の動揺を目にしてようやく、体感はできないどこか遠方で予想外のおおごとが起きている可能性に気づく。あくまで可能性のレヴェル。まさかね。
再度、余震。広いロビーにたむろしていた集団が大きく二手に別れてゆく。足早にビルの外へと避難する人々と、ロビーの奥に身を寄せる人々。どちらがより安全か、より安全だとこの自分は決断するのか。もしかしたらこれが運命の分かれ道になるかもしれないという選択を、ひとは案外無意識のうちに連続して行っているものなのだろう。吹き抜けから見渡せるガラス張りの丸善2階や3階の店内で、2mほどの紐で吊られた水平に細長い照明の列がみな向きを揃えて盛大に揺れている。よく遊園地にあるヴァイキングのアトラクションを想い起こした。ロングシップは前後に揺られ、船首船尾は宙を行き交う。靴紐を締め直し、右肩に掛けていたバックを両肩で背負い直す。革手袋をはめ、眼鏡をかける。さあ、ビルを出ようか。
横断歩道を渡り、丸の内北口へ。東京駅丸の内口周辺はすべてがリニューアルされていくさなかにある。すでにオープンした新丸ビルや最後まで保存運動が続いた中央郵便局ビルの再開発に並んで、東京駅駅舎のドーム復元もその目玉事業の一つだが、おかげでトタン板に囲まれた臨時通路に遠回りを余儀なくなれ、しかも携帯電話を耳につける人々の周囲への不注意がひとの流れを阻害して歩きにくい。このとき、やたら携帯電話を手にする人々が多いことを、どうせ大揺れの感想でも述べ合っているのだろうくらいにしか思わなかった。とにかくわたしは歩くのです、さあさあ道をあけなさい。
駅の外側を北口から南方向へ。東京駅丸の内中央口には駅舎の皇室御用達スペースを囲う形でホテルや美術館などが併設されていて、地下のレストランが地上に掲示しているメニュー内の数千円のステーキ丼がいつも気になっていた。けれど今回はそんなことも脳裏をよぎらず南口へ、さらに南口からガード沿いを有楽町方面へとまっしぐらに歩く、歩く。丸の内南口に隣接する“はとバス”ステーション周辺ははとバスが数台止まっているゆえ全体的に黄色いのが常なのだが、いかにも運転手然とした白手袋に紺の背広姿のおじさんや旗を持ったバスガイド嬢が幾人もうろうろして、普段は閑散としたこの辺りもやや物々しい。
有楽町フォーラムを目前に左手へ折れ、JR線路をくぐって八重洲南口方面へ。次の目的地、八重洲ブックセンターに到着。やはり2階より上は一時封鎖。しかし書店員さんの内線電話を盗み聞きするに、6階から上はまだ危険だが、5階まではもうじき開放するとの由。いわゆる巨大書店としてはかつて長く全国一の地位を保ってきた老舗だけに、どう考えても周辺でもとびきり古そうなこのビルでその姿勢はなかなか冒険的だと内心で評価する。この店の客用エレベーターはなぜか4階から上しかないのだが、その不思議設計くらい冒険的な試みだ。
けれど時間も迫ってきたので1階の文学棚だけ軽く覗いて店を出る。数寄屋橋方面へ南下。東京駅周辺でも区画が整っていて大規模再開発の進む丸の内側に対し、八重洲側はごみごみした中小ビルが多くしかも揃ってみな古い。その差は約30分前の地震被害の差として歩道の端に明確に表れていて、なんと八重洲側では複数の場所で歩道のコンクリートとビルの礎石のあいだがひび割れていた。場所によっては高さ10cmの亀裂が横に長く伸びていて、え、そこまでひどかったのか、と少し驚く。しばらく亀裂を眺めていると、急に増え出した人通りのうち幾人かもそれに気づき、携帯で写真を撮りだす。写真を撮る彼らを撮るという思いつきを抑えつつ、歩行再開。このとき、銀座方向からのひとの出の増加に何となく不自然さを感じていたものの、その理由へ思考を巡らせるにはまだ至らず。映画の時間がそろそろ近づいてきた。
数寄屋橋近くまで来るとパトカーが一台、首都高のガード下を抜けて有楽町へと向かう一方通行の車道を塞ごうとしている。無音でサイレンを点滅させたまま、道の向きに対して真横になるようハンドルを切り返していく。黒の車体に大きく目立つ黄色の縁取りでPOLICEの文字。あ、そういえばずいぶん前から警視庁っていう表示から変わってたっけ、とか思う。数寄屋側では何も起きている様子はない。とすれば有楽町方向で何かが起きていることになる。あるいは起こることが予期されている。何か。
4時10分からの映画にはまだ少しだけ余裕がある。散策のルートを変更。パトカーの頭部を脇目に、ガード下をくぐって有楽町方面へと歩き始める。空気が冷たくなってきた。
2011.3.11メモランダム part1 <14時45分-15時 東京駅-丸の内>
2011年3月13日 陸沈
散歩日和の午後。シティバンクの新しい店舗が東京駅丸の内口に面した場所にあるのを知って、そこに寄りつつ銀座で映画を観て帰ろうという腹積もりで外出する。マフラーを持ち忘れたのに気づくが、そんなに遅くならないはずだしまあいいか、とあきらめる。けれど些細なその忘れ物が、妙に気になる。14時40分過ぎ、東京駅着。シティバンクの外貨取扱は15時までなので、まずは支店へ直行して用事を済ませようと考える。新しい支店は昔からあった大手町支店や銀座支店同様に上層客向け仕様になっていて、ドアマンのおじさんがきちんといて丁寧な挨拶とともに扉を開けてくれた。「ドアマンに扉を開けてもらう」のを待つ行為は、個人的にはどこかアジア的記憶に結びついてしまうので、顔濃いめのおじさんがインド人っぽく見えてきたけどふつうに日本人だった。ともあれ扉を抜け、受付のお兄さんに用事を話しかけたその瞬間、銀行内が揺れだした。おもてを見る。交差点を渡りかけたトラックが止まる。全面ガラス張りの窓が、重たい音を立て震え始める。
隣に立っていた裕福そうな白人の中年ビジネスマンは「なにごと!?」という感じで仁王立ちに天井を見つめたがすぐ中腰になり、中年太りにはあるまじき俊敏さで今にも動き出さんという素振りを見せる。銀行員のおねえさんが「外には出ない方がいい!」と叫んで白人ビジネスマンを一喝する。その声に顔を振り向けるとおねえさんと目が合ったが、そもそも英語だったし《あなたに言ったわけじゃないんです》的な微妙空間が生じる。この間2.5秒。
銀行員もお客さんも、ビルとともにしばらく揺られるに任せるしかなくて、視線だけはみな自然と外へ向いている。歩道とビルの間の縁石タイルが歩道に乗り出す形で揺れ動いている。ああこれが免震装置の威力かと感心する。NHKの散歩番組ブラタモリか何かで見たことがあるやつだが、ビル直下に敷き詰められた巨大バネ群の運動をこうもまざまざと実感する日が来るとは思わなかった。大張りガラスの窓から見える交差点周辺の車はみな止まり、運転席から降りるひともいる。丸の内北口の交差点でこの光景は非日常的というか、なにか映画っぽい。けれどこれは現実であって、15時までは数分しかなくて、ここで換金できないと手持ちの日本円がなくなってしまうのでちょっと困る。なので揺れながらも受付のお兄さんに手続き開始を要求せねばと目を向けるが、当然のことながら彼は本来の職務なりバンカーとして保つべき佇まいなどはそっちのけで外を見ている。「あれ、すごいですよ」と彼が指を斜め上方に向ける。目で追う。向かいの日本生命丸の内ビルに今いるビルが映っていて、全面ガラス張りの高層ビルの長身を弓なりにぐわんぐわん左右に曲げている。向かい合ったビルとビルがラジオ体操の音楽に合わせて身を反らせ合っている感じで、やっぱりどこか非現実。世界はどうなっちゃうんでしょうという実存的不安と、このまま15時過ぎたらお金どうなっちゃうんでしょうという卑近な困惑が入り雑じってわけわかめ。
その後いったん揺れは収まって銀行内も落ち着きを取り戻し、かがみ込んであぶら汗を浮かべ始めていた白人ビジネスマンも笑顔を取り戻す。恥ずかしげに「こんなの初めて!"#$」みたいなことをおねえさんに告白していたのがちょっとかわいい。わざわざ接客用の個室に招かれるのが申し訳ないくらい少額の換金をしてもらう。急いでサインしたら筆致が乱れて書き直しチェックをさせられた。外に出るとき再び扉を開けてくれたドアマンのおじさんが向けてきた真摯な視線の内側には、巨大な揺れをともにした共闘意識すら感じとれた。気のせいかもしれない。
横断歩道を渡ってOAZOの丸善へ向かう。このときわたしは地震の規模も知らず、このあと規格外の一日を体験する羽目になることもまだ知らなかった。
隣に立っていた裕福そうな白人の中年ビジネスマンは「なにごと!?」という感じで仁王立ちに天井を見つめたがすぐ中腰になり、中年太りにはあるまじき俊敏さで今にも動き出さんという素振りを見せる。銀行員のおねえさんが「外には出ない方がいい!」と叫んで白人ビジネスマンを一喝する。その声に顔を振り向けるとおねえさんと目が合ったが、そもそも英語だったし《あなたに言ったわけじゃないんです》的な微妙空間が生じる。この間2.5秒。
銀行員もお客さんも、ビルとともにしばらく揺られるに任せるしかなくて、視線だけはみな自然と外へ向いている。歩道とビルの間の縁石タイルが歩道に乗り出す形で揺れ動いている。ああこれが免震装置の威力かと感心する。NHKの散歩番組ブラタモリか何かで見たことがあるやつだが、ビル直下に敷き詰められた巨大バネ群の運動をこうもまざまざと実感する日が来るとは思わなかった。大張りガラスの窓から見える交差点周辺の車はみな止まり、運転席から降りるひともいる。丸の内北口の交差点でこの光景は非日常的というか、なにか映画っぽい。けれどこれは現実であって、15時までは数分しかなくて、ここで換金できないと手持ちの日本円がなくなってしまうのでちょっと困る。なので揺れながらも受付のお兄さんに手続き開始を要求せねばと目を向けるが、当然のことながら彼は本来の職務なりバンカーとして保つべき佇まいなどはそっちのけで外を見ている。「あれ、すごいですよ」と彼が指を斜め上方に向ける。目で追う。向かいの日本生命丸の内ビルに今いるビルが映っていて、全面ガラス張りの高層ビルの長身を弓なりにぐわんぐわん左右に曲げている。向かい合ったビルとビルがラジオ体操の音楽に合わせて身を反らせ合っている感じで、やっぱりどこか非現実。世界はどうなっちゃうんでしょうという実存的不安と、このまま15時過ぎたらお金どうなっちゃうんでしょうという卑近な困惑が入り雑じってわけわかめ。
その後いったん揺れは収まって銀行内も落ち着きを取り戻し、かがみ込んであぶら汗を浮かべ始めていた白人ビジネスマンも笑顔を取り戻す。恥ずかしげに「こんなの初めて!"#$」みたいなことをおねえさんに告白していたのがちょっとかわいい。わざわざ接客用の個室に招かれるのが申し訳ないくらい少額の換金をしてもらう。急いでサインしたら筆致が乱れて書き直しチェックをさせられた。外に出るとき再び扉を開けてくれたドアマンのおじさんが向けてきた真摯な視線の内側には、巨大な揺れをともにした共闘意識すら感じとれた。気のせいかもしれない。
横断歩道を渡ってOAZOの丸善へ向かう。このときわたしは地震の規模も知らず、このあと規格外の一日を体験する羽目になることもまだ知らなかった。
カダフィ大佐の息子による漫才 アルジャジーラにて放映中
2011年2月21日 陸沈liveで中継してます。
http://english.aljazeera.net/watch_now/
滅多にお目にかかれない愚か者演説で、ほとんどギャグの域に達してるので英語わかるひとにはぜひおすすめです。
独裁者の家族はまあなんていうか、精神的に成長の契機を奪われちゃってるのかな。その意味ではかわいそう。
※追記:
興味のあるひとならご存知の通り、リビアは歴史・文化的に大きく3地域に分かれているんですね。DOLプレイヤーにはおなじみのベンガジとトリポリ、この2都市の名はこの1週間ほどたびたび報道に載っていましたが、それぞれがこの3地域のうち2地域の中核都市です。体制側としては、今回の民衆による運動を「東部地域の分裂運動」だとして非難しています。エジプトのようには行かないとか、石油を基盤にした国家運営に傷がつくとか、まあいろいろ言ってました。
アデンやアルジェも報道には頻出しています。これに対して国内のテレビ・新聞は小沢がどうの自民党がどうのと実に終わってる感満載。こういうときに奮起しないでなんのためのメディアなのかと。ほぼ同時刻のNHKニュース。「リビアでは国営放送が反政府運動については一切報じていません(キリッ」 う、うん…。
現在進行中のアラブ革命。Facebookとイスラムばかりが要素として強調されてますが、私見では一番大きな要因は“アメリカの影響力低下”に他なりません。多くの独裁政権が長期化することで、実は最も恩恵を受けてきたのは皮肉な話アメリカなんですね。もし全世界が民主化・自由経済化したら、アメリカの相対的地位低下は誰の目にも明らかだからです。したがってこの流れはなにも中東に限ったことではなく、他のアフリカ・アジア地域やカリブ・南米などへ広がる可能性は高いと思います。
たとえばハイチでは前代や前前代の独裁者一族が亡命先から返り咲こうとする言動を始めているようです。インドネシア島嶼部や中国極西部なども騒がしくなってくるでしょう。中国やロシアの政府にとって尖閣と千島四島の問題で唯一重要なのは、それが自分たちの統治を揺るがし得る要素になるか否か、です。そこを最も恐れていて、それに比べれば領土的野心など二義的なものに過ぎません。ですからこれらは現下の動向と、実はじかに連関しているんですね。つまり問題の評価軸が日本の尺度とは根本的に異なっている。民主党の振る舞いはあまりに稚拙過ぎたと思います。そこらへんの連関がなぜテレビや新聞で論じられないのか、もしかしたら今はまだ下り坂の入り口に過ぎないのかもしれないと思うのは、こういう疑問に駆られたときだったりします。
http://english.aljazeera.net/watch_now/
滅多にお目にかかれない愚か者演説で、ほとんどギャグの域に達してるので英語わかるひとにはぜひおすすめです。
独裁者の家族はまあなんていうか、精神的に成長の契機を奪われちゃってるのかな。その意味ではかわいそう。
※追記:
興味のあるひとならご存知の通り、リビアは歴史・文化的に大きく3地域に分かれているんですね。DOLプレイヤーにはおなじみのベンガジとトリポリ、この2都市の名はこの1週間ほどたびたび報道に載っていましたが、それぞれがこの3地域のうち2地域の中核都市です。体制側としては、今回の民衆による運動を「東部地域の分裂運動」だとして非難しています。エジプトのようには行かないとか、石油を基盤にした国家運営に傷がつくとか、まあいろいろ言ってました。
アデンやアルジェも報道には頻出しています。これに対して国内のテレビ・新聞は小沢がどうの自民党がどうのと実に終わってる感満載。こういうときに奮起しないでなんのためのメディアなのかと。ほぼ同時刻のNHKニュース。「リビアでは国営放送が反政府運動については一切報じていません(キリッ」 う、うん…。
現在進行中のアラブ革命。Facebookとイスラムばかりが要素として強調されてますが、私見では一番大きな要因は“アメリカの影響力低下”に他なりません。多くの独裁政権が長期化することで、実は最も恩恵を受けてきたのは皮肉な話アメリカなんですね。もし全世界が民主化・自由経済化したら、アメリカの相対的地位低下は誰の目にも明らかだからです。したがってこの流れはなにも中東に限ったことではなく、他のアフリカ・アジア地域やカリブ・南米などへ広がる可能性は高いと思います。
たとえばハイチでは前代や前前代の独裁者一族が亡命先から返り咲こうとする言動を始めているようです。インドネシア島嶼部や中国極西部なども騒がしくなってくるでしょう。中国やロシアの政府にとって尖閣と千島四島の問題で唯一重要なのは、それが自分たちの統治を揺るがし得る要素になるか否か、です。そこを最も恐れていて、それに比べれば領土的野心など二義的なものに過ぎません。ですからこれらは現下の動向と、実はじかに連関しているんですね。つまり問題の評価軸が日本の尺度とは根本的に異なっている。民主党の振る舞いはあまりに稚拙過ぎたと思います。そこらへんの連関がなぜテレビや新聞で論じられないのか、もしかしたら今はまだ下り坂の入り口に過ぎないのかもしれないと思うのは、こういう疑問に駆られたときだったりします。
毎日を暮らしていくなかで、風化していき、埋もれていってしまうものも多いのだけど、すこし目を凝らすなら良いことも同じようにたくさん起きている。目のまえの出来事ばかりに追われているうちは、ともすれば忘れそうになりがちなこの世界のリアルはだから、いつも視界の端にあると思うくらいがたぶんいい。
さいきん、フェイスブックに初めて登録してみたら驚いた。十年は会っていないような昔の友だちや知り合いが、芋づる式にゴロゴロ出てくる。昔つき合っていて、その後音信不通になったひとも何人か出てきたりして、半分くらいは結婚してた。もう何も期待してないせいもあるのだろうけど、あんがい素直に祝福の気分にひたれるものだ。そんなことより何より一番驚いたのは、ああこれは凄いなとひそかに感心していたひとたちの大半が、仕事や生活の拠点を海外に移していたということだ。ほんのりとした、やられた感。なるほどそうきたか、そうきましたかおっかさんという感じ。
ほの暗いるつぼのなかにあるとして、そこに何を見いだすかは結局ひとそれぞれだ。
おとのうてあらわれ映るもの、きみは。
っていうのが略奪後にのこすsayの定番だったんだけど、そもそもうちの名前から中華の業者さんを連想する人なんて、じきにプレイ6年目に入る古株さんでもさすがにもういなさげだよね。いるのかな。日本語の不自由な両親のキャラを最後に見たのはもう4年は前かもしれない。けっきょく一度も襲えなかった。いや、一度くらいはあったかな。まだようやくガレーに乗り出したころ、なぜか胡椒くれたのを覚えてる。
せっかくだしカナリア沖に出てみるかーっていろんな作業の合間にちまちま沖へ出てみたけれど、むかし追いつけた風向きと船種でも一瞬にして商船が水平線のかなたに消えるです。びっくりだね。リニアモーターカーにうっかり遭遇しちゃった甲州街道のお侍さんな気分だよ。でもそれならそれで遊べちゃう子だから遠洋ソロ海賊とかしてたんだよね、とかあらためて思い出しつつ蝦夷島一周するところまでやってみた。東アジア安全海域とか、安心すぎて揚子江さかのぼり始めたら後ろからガレアスっぽいの来た。ホラーホラー。
あとはなんだ。けさは諸般の事情で朝からちょっと酔っ払ってるんである。さっきFEZやったら敵軍にレムオンさんがいていじめられた。なんだあの強さは。っていうかなんだこの弱さは。まあいいや。なにがどうしてこうなったのかよくわかんないけど、太古のむかしからきっとみんなそんな感じだったんだろうし更新しちゃう。してしまうのであった。
せっかくだしカナリア沖に出てみるかーっていろんな作業の合間にちまちま沖へ出てみたけれど、むかし追いつけた風向きと船種でも一瞬にして商船が水平線のかなたに消えるです。びっくりだね。リニアモーターカーにうっかり遭遇しちゃった甲州街道のお侍さんな気分だよ。でもそれならそれで遊べちゃう子だから遠洋ソロ海賊とかしてたんだよね、とかあらためて思い出しつつ蝦夷島一周するところまでやってみた。東アジア安全海域とか、安心すぎて揚子江さかのぼり始めたら後ろからガレアスっぽいの来た。ホラーホラー。
あとはなんだ。けさは諸般の事情で朝からちょっと酔っ払ってるんである。さっきFEZやったら敵軍にレムオンさんがいていじめられた。なんだあの強さは。っていうかなんだこの弱さは。まあいいや。なにがどうしてこうなったのかよくわかんないけど、太古のむかしからきっとみんなそんな感じだったんだろうし更新しちゃう。してしまうのであった。