交差点を渡り、丸の内ロータリー北端の歩道を回って商業施設OAZOの入り口へ。東京駅北口改札への横断歩道を過ぎるあたりで、たむろしている人々が妙に多いことを不思議に感じだす。この数年でずいぶん賑やかになったとはいえ根本は無味乾燥なオフィス街の、しかも平日の昼下がりだ。目的を持って歩くスーツ姿の人間以外を惹きつける要素はあまりないはず。だがOAZOの建物に入ってその謎はすぐに解けた。上階へのエスカレーターに規制線が張られて近づけない。丸善などは、2階以上の店内からすでに客の追い出しを完了させていた。
映画は4時過ぎからなので、銀座まで歩くことを考えてもだいぶ間がある。都心のどこであれ本屋をはしごするのが時間潰しの基本ルートなのだが、初手で狂った。どうしようかとビルの吹き抜けロビーでしばらく人の流れを眺めていると、震動再来。高い天井から吊り下げられた照明や装飾の類が一斉に踊る。ロビーの人々、みな騒然。このとき群衆単位の動揺を目にしてようやく、体感はできないどこか遠方で予想外のおおごとが起きている可能性に気づく。あくまで可能性のレヴェル。まさかね。
再度、余震。広いロビーにたむろしていた集団が大きく二手に別れてゆく。足早にビルの外へと避難する人々と、ロビーの奥に身を寄せる人々。どちらがより安全か、より安全だとこの自分は決断するのか。もしかしたらこれが運命の分かれ道になるかもしれないという選択を、ひとは案外無意識のうちに連続して行っているものなのだろう。吹き抜けから見渡せるガラス張りの丸善2階や3階の店内で、2mほどの紐で吊られた水平に細長い照明の列がみな向きを揃えて盛大に揺れている。よく遊園地にあるヴァイキングのアトラクションを想い起こした。ロングシップは前後に揺られ、船首船尾は宙を行き交う。靴紐を締め直し、右肩に掛けていたバックを両肩で背負い直す。革手袋をはめ、眼鏡をかける。さあ、ビルを出ようか。
横断歩道を渡り、丸の内北口へ。東京駅丸の内口周辺はすべてがリニューアルされていくさなかにある。すでにオープンした新丸ビルや最後まで保存運動が続いた中央郵便局ビルの再開発に並んで、東京駅駅舎のドーム復元もその目玉事業の一つだが、おかげでトタン板に囲まれた臨時通路に遠回りを余儀なくなれ、しかも携帯電話を耳につける人々の周囲への不注意がひとの流れを阻害して歩きにくい。このとき、やたら携帯電話を手にする人々が多いことを、どうせ大揺れの感想でも述べ合っているのだろうくらいにしか思わなかった。とにかくわたしは歩くのです、さあさあ道をあけなさい。
駅の外側を北口から南方向へ。東京駅丸の内中央口には駅舎の皇室御用達スペースを囲う形でホテルや美術館などが併設されていて、地下のレストランが地上に掲示しているメニュー内の数千円のステーキ丼がいつも気になっていた。けれど今回はそんなことも脳裏をよぎらず南口へ、さらに南口からガード沿いを有楽町方面へとまっしぐらに歩く、歩く。丸の内南口に隣接する“はとバス”ステーション周辺ははとバスが数台止まっているゆえ全体的に黄色いのが常なのだが、いかにも運転手然とした白手袋に紺の背広姿のおじさんや旗を持ったバスガイド嬢が幾人もうろうろして、普段は閑散としたこの辺りもやや物々しい。
有楽町フォーラムを目前に左手へ折れ、JR線路をくぐって八重洲南口方面へ。次の目的地、八重洲ブックセンターに到着。やはり2階より上は一時封鎖。しかし書店員さんの内線電話を盗み聞きするに、6階から上はまだ危険だが、5階まではもうじき開放するとの由。いわゆる巨大書店としてはかつて長く全国一の地位を保ってきた老舗だけに、どう考えても周辺でもとびきり古そうなこのビルでその姿勢はなかなか冒険的だと内心で評価する。この店の客用エレベーターはなぜか4階から上しかないのだが、その不思議設計くらい冒険的な試みだ。
けれど時間も迫ってきたので1階の文学棚だけ軽く覗いて店を出る。数寄屋橋方面へ南下。東京駅周辺でも区画が整っていて大規模再開発の進む丸の内側に対し、八重洲側はごみごみした中小ビルが多くしかも揃ってみな古い。その差は約30分前の地震被害の差として歩道の端に明確に表れていて、なんと八重洲側では複数の場所で歩道のコンクリートとビルの礎石のあいだがひび割れていた。場所によっては高さ10cmの亀裂が横に長く伸びていて、え、そこまでひどかったのか、と少し驚く。しばらく亀裂を眺めていると、急に増え出した人通りのうち幾人かもそれに気づき、携帯で写真を撮りだす。写真を撮る彼らを撮るという思いつきを抑えつつ、歩行再開。このとき、銀座方向からのひとの出の増加に何となく不自然さを感じていたものの、その理由へ思考を巡らせるにはまだ至らず。映画の時間がそろそろ近づいてきた。
数寄屋橋近くまで来るとパトカーが一台、首都高のガード下を抜けて有楽町へと向かう一方通行の車道を塞ごうとしている。無音でサイレンを点滅させたまま、道の向きに対して真横になるようハンドルを切り返していく。黒の車体に大きく目立つ黄色の縁取りでPOLICEの文字。あ、そういえばずいぶん前から警視庁っていう表示から変わってたっけ、とか思う。数寄屋側では何も起きている様子はない。とすれば有楽町方向で何かが起きていることになる。あるいは起こることが予期されている。何か。
4時10分からの映画にはまだ少しだけ余裕がある。散策のルートを変更。パトカーの頭部を脇目に、ガード下をくぐって有楽町方面へと歩き始める。空気が冷たくなってきた。
映画は4時過ぎからなので、銀座まで歩くことを考えてもだいぶ間がある。都心のどこであれ本屋をはしごするのが時間潰しの基本ルートなのだが、初手で狂った。どうしようかとビルの吹き抜けロビーでしばらく人の流れを眺めていると、震動再来。高い天井から吊り下げられた照明や装飾の類が一斉に踊る。ロビーの人々、みな騒然。このとき群衆単位の動揺を目にしてようやく、体感はできないどこか遠方で予想外のおおごとが起きている可能性に気づく。あくまで可能性のレヴェル。まさかね。
再度、余震。広いロビーにたむろしていた集団が大きく二手に別れてゆく。足早にビルの外へと避難する人々と、ロビーの奥に身を寄せる人々。どちらがより安全か、より安全だとこの自分は決断するのか。もしかしたらこれが運命の分かれ道になるかもしれないという選択を、ひとは案外無意識のうちに連続して行っているものなのだろう。吹き抜けから見渡せるガラス張りの丸善2階や3階の店内で、2mほどの紐で吊られた水平に細長い照明の列がみな向きを揃えて盛大に揺れている。よく遊園地にあるヴァイキングのアトラクションを想い起こした。ロングシップは前後に揺られ、船首船尾は宙を行き交う。靴紐を締め直し、右肩に掛けていたバックを両肩で背負い直す。革手袋をはめ、眼鏡をかける。さあ、ビルを出ようか。
横断歩道を渡り、丸の内北口へ。東京駅丸の内口周辺はすべてがリニューアルされていくさなかにある。すでにオープンした新丸ビルや最後まで保存運動が続いた中央郵便局ビルの再開発に並んで、東京駅駅舎のドーム復元もその目玉事業の一つだが、おかげでトタン板に囲まれた臨時通路に遠回りを余儀なくなれ、しかも携帯電話を耳につける人々の周囲への不注意がひとの流れを阻害して歩きにくい。このとき、やたら携帯電話を手にする人々が多いことを、どうせ大揺れの感想でも述べ合っているのだろうくらいにしか思わなかった。とにかくわたしは歩くのです、さあさあ道をあけなさい。
駅の外側を北口から南方向へ。東京駅丸の内中央口には駅舎の皇室御用達スペースを囲う形でホテルや美術館などが併設されていて、地下のレストランが地上に掲示しているメニュー内の数千円のステーキ丼がいつも気になっていた。けれど今回はそんなことも脳裏をよぎらず南口へ、さらに南口からガード沿いを有楽町方面へとまっしぐらに歩く、歩く。丸の内南口に隣接する“はとバス”ステーション周辺ははとバスが数台止まっているゆえ全体的に黄色いのが常なのだが、いかにも運転手然とした白手袋に紺の背広姿のおじさんや旗を持ったバスガイド嬢が幾人もうろうろして、普段は閑散としたこの辺りもやや物々しい。
有楽町フォーラムを目前に左手へ折れ、JR線路をくぐって八重洲南口方面へ。次の目的地、八重洲ブックセンターに到着。やはり2階より上は一時封鎖。しかし書店員さんの内線電話を盗み聞きするに、6階から上はまだ危険だが、5階まではもうじき開放するとの由。いわゆる巨大書店としてはかつて長く全国一の地位を保ってきた老舗だけに、どう考えても周辺でもとびきり古そうなこのビルでその姿勢はなかなか冒険的だと内心で評価する。この店の客用エレベーターはなぜか4階から上しかないのだが、その不思議設計くらい冒険的な試みだ。
けれど時間も迫ってきたので1階の文学棚だけ軽く覗いて店を出る。数寄屋橋方面へ南下。東京駅周辺でも区画が整っていて大規模再開発の進む丸の内側に対し、八重洲側はごみごみした中小ビルが多くしかも揃ってみな古い。その差は約30分前の地震被害の差として歩道の端に明確に表れていて、なんと八重洲側では複数の場所で歩道のコンクリートとビルの礎石のあいだがひび割れていた。場所によっては高さ10cmの亀裂が横に長く伸びていて、え、そこまでひどかったのか、と少し驚く。しばらく亀裂を眺めていると、急に増え出した人通りのうち幾人かもそれに気づき、携帯で写真を撮りだす。写真を撮る彼らを撮るという思いつきを抑えつつ、歩行再開。このとき、銀座方向からのひとの出の増加に何となく不自然さを感じていたものの、その理由へ思考を巡らせるにはまだ至らず。映画の時間がそろそろ近づいてきた。
数寄屋橋近くまで来るとパトカーが一台、首都高のガード下を抜けて有楽町へと向かう一方通行の車道を塞ごうとしている。無音でサイレンを点滅させたまま、道の向きに対して真横になるようハンドルを切り返していく。黒の車体に大きく目立つ黄色の縁取りでPOLICEの文字。あ、そういえばずいぶん前から警視庁っていう表示から変わってたっけ、とか思う。数寄屋側では何も起きている様子はない。とすれば有楽町方向で何かが起きていることになる。あるいは起こることが予期されている。何か。
4時10分からの映画にはまだ少しだけ余裕がある。散策のルートを変更。パトカーの頭部を脇目に、ガード下をくぐって有楽町方面へと歩き始める。空気が冷たくなってきた。
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